人の悲しみまで背負う必要はない

      2015/10/07

145H2

145H2

悲しい感情に振り回されてしまう

 

人が悲しい顔している時、泣いている時

自分まで気分が落ち込んでしまったり、

なぜだか自分が悪いことをしている。

 

 

あなたにはそんな感覚になってしまうことはありませんか。

いつも辛そうにしている友達を見て辛くて。

 

母親が自分のために身を粉にして働き、

それでも生活が楽にならなくて、

たまに見せる悲しい表情で心が痛くてたまらない。

あなたは、優しすぎて、

ついつい人の悲しみにつられてしまい

憂鬱になってしまう。
あなたのような、優しい人ほど

誰かが悲しんでいるのを見て

自分のせいだと思ってしまいます。

その必要はないのです。

 

人間には共感細胞よばれるミラーニューロンというものがある

 

人の事を見て我が事のように感じる

ミラーニューロン。
他人の行動を理解したり、

模倣することによって新たな技術を習得

することに必要なのではないかと考えられています。

 

これは人だけでなく、一部のサルや鳥類にも見られるようです。
そのおかげで人は他人や書物や映像を見て、

実際には経験していない行動や感情を

自らに吸収することができて、

新たに自分知識や技術を吸収でき、

全てを一から経験しなくても、

素早く「知」を得て、発展させることができる。

 

ですので、人は自分が実際体験していない、

誰かが傷ついているのをみて、一緒に悲しみ

小説のような架空の物語であっても涙を流したり、

同じように共感を持ったりし得るのです。

 

ただ問題なのは、

それをついつい本当に自分のことのように

捉えすぎてしまい、自分に身近な存在が

辛い思いをしている時にも一緒になって

感情に巻き込まれてしまうケースです。

 

あまり気にしないと言っても

やっぱり難しい。落ち込む。

 

共感することのベースは自分が作っている
でも本当は悲しんでいると自分が思っているだけ。
共感するためには多少なりとも、

そのベースとなる知識や経験がなければ

それを本当の意味で共感することは

できません。

 

だから他人と自分とは違う人間であるが故に

ある程度の共感ができるとしても、

完全に理解することはできません。

 

そして、自分が感じている感情は自分自身が

創りだした、今までの経験と知識の総括なわけです。

 

自分が認知したもの、自分が感じたものが現実。

「この表情は悲しいはず。

泣いているから辛くてしょうがないはずだ。」

 

と自分が思い込んでいるのです。

だから人の悲しみまで背負う必要はない

 

長年の経験や観察から

こういう表情の時は、こういう感情で辛いはずだ。

こういう時には、こういう感情を持つはずだ。

と言うものを学習して、
その状況に遭遇した時に共感をする。

 

そしてその感情に飲み込まれる。

 

そうであるはずっていう思い込み。

 

だけど、自分とその人って経験も得た感情の感じ方も全く違うもの。

 

でも、共感できる。

でも、実は思い込んでるだけってことが多い。

 

すごい悲しそうな顔して泣いている人や、

すごい剣幕で怒っている人の状況を見たり、知ったりした時に

「そりゃそうだよね。うん、うん、分かるよう!!

わたしもそう思うよ。」

 

と思っていた矢先には

同じような感情を抱いたけれど、

ふっとした時に当の本人は

実はそれほどの感情は持っていなかった

なんてことありませんか。

 

だから他人が勝手なのではなくて

自分自身の感じ方、共感

認知とは割りと自分勝手なんです。

 

 

だからあなたが、他人が悲しみにくれていると

感じた時に一緒になって苦しむ必要はないのです。

 

あなたが見ているその「悲しみ」は

悲しみという物語を見ている。

 

そんな感覚をもって生きる。

ある意味「悲しみ」という感覚すら

脳が知覚している刺激なだけです。

 

あなたが感じている悲しみは
あなたが持っている悲しみ。

 

彼が、彼女が、親が、子供が
感じている悲しみは彼らだけのもの。

 

もし私が感じているとしたら、
彼を見て悲しいと感じている悲しみ。

 

いつも感情に巻き込まれてしまうという時は
今度は悲しんでいる自分を見た時に相手はどう思うかなと。

 

相手を見て悲しいと思うと同様に、
それを見た相手も自分を見て悲しくなるかも。

 

だから、頭で感情を認識して選択する。

 

悲しいことは分かったから、
今度は一緒に笑えるように考えればいい。

 

だって自分で自分の感情は選ぶことはできるから。

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