家族は必要なのか?「家族という病」を読んで思い出したこと

      2015/10/28

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「家族という病」
幻冬舎新書

著:下重暁子

 

タイトルを見た時に思わず手を取った。

 

「家族という病」の内容

 

「家族という病」の内容は

家族と言っても他人である。
本当のことなど分からない。

 

その家族という一般的な価値観にしばられて

ストレスを抱えている人が恐ろしく多い。

 

ストレスを抱えるくらいなら

無理をする必要がないのに

幸せな家族という幻影、

家族だったら、夫婦だったら

当たり前のことである。

 

そんな「家族」「夫婦」の当たり前に

がんじがらめになって苦しむ。

 

別に家族の形なんて決まってないのに。

 

そういう家族の当たり前が「家族という病」

 

「家族」だから「夫婦」の

当たり前を疑ってみる、考え直す。

 

どんな人が「家族という病」を読むとよいか?

 

家族って窮屈だなと思う方。

夫婦関係に疲れたなぁと思う人。

結婚願望が強い女性。

におすすめです。

 

「家族という病」を読んで思い出したこと

 

なぜ「家族という病」タイトルが

気にになったかというと

僕自身の経験からそう思ったことがあるからだ。

 

二十歳の大学生の時

実家をどうしてもでたかった。

 

親に猛反対されたが、

学校に通いながら

アルバイトをして家を出た。

 

実家にいると、
心が死ぬとホンキで思った。

 

それはなぜか?

 

家族とはかけがえないものであると
今は歳をとってそう思う。

 

しかし、人生のある時期においては

家族という存在、親や兄弟から

離れて生きることが重要だと気づいた。

 

家族は会社やコミュティと同じで

自分に役割がある。

家族は生まれてから一番最初に属するコミュニティ。

 

その家族の構成や環境にも

よって変わってくる。

 

例えば、

  • 優等生のお兄ちゃん
  • いつも怒られ役の弟
  • 慰める役のお姉ちゃん
  • なぜかかわいがられる妹

 

人によっても変わってくるが

親の特性によって子供は家族のバランスを

取るために無意識にその役割を演じる。

 

そしてそれを自分の性格だと思ったりする。

一旦役割が決まると抜け出せない。

環境を変えないと難しい。

 

自分の人生を変えたいと思った時に

自分の意思や考え方ということを

純粋に考えるとためには

家族から離れないとできない。

 

そして、その役割からはずれて

自分一人になってはじめて気づく

本当の人生ではなかったこと。

 

自分で決めていなかったことを。

 

 

そして、親という存在は絶対である。

 

心配という言葉を武器に

子供を自分の価値観に閉じ込めてしまう。

 

これは本当に心配はしている。

 

それは本心からそう思うのだと思う。

 

ただ、問題なのは本心から心配をしながら

間違えてしまうということ。

 

自分とは違う人間である子供を

自分と同じような人間だと感じて

自分ができないことや、

世の中の当たり前を植えつけてしまう。

 

そう感じた。

 

ある程度自我があると自分と家族の価値観の

ギャップに無駄に悩むことがある。

 

そうすると自由に生きることが難しくなる。

 

自由に生きることが

自分の人生の目標だと気づいた時に、

自分の一番近くでもっとも影響力がある人達

すなわち家族の価値観が入ると

自分の人生でなくなってしまう。

 

人生に迷ったら家族と離れてみる

という選択が必要な場合もあるということ。

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